JRバス深名線乗車記

 旧国鉄赤字線の代表格だった深名線が廃止され、もう10年が経ってしまいました。
 列車には何度か乗った事がありますが、もう一度バスに乗って当時の思い出を振り返ってみます。

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◆2005/05/15


 今回の旅行は一般人の友人が一緒、さすがの私も大人しくしているつもりでしたが、やはり北の大地は特別なもので、心がそう簡単には納得してくれそうもありません。いろいろと愚痴を聞いてくれた友人には申し訳なかったのですが、ここは私のわがままを通す事にしました。とは言っても、私の趣味に付き合わせるのはさすがに忍びないので、夜に空港で落ち合うことにし別行動となりました。

 平成17年5月15日、友人と別れ、飲み過ぎで少し頭が痛い体を引きずって札幌駅に向かいます。

 
 札幌10時発、SWA3号の人になります。

 私の隣に座った父娘連れ、お父さんが娘さんにいろいろとうんちくを語っています。が、小学生ぐらいの娘さんに「ライラックは最高速度が120km/h、このSWAは130km/h、モーターも強力なのが付いてる」などと語っても、あまり意味がないんじゃないかと。ほら、娘さん、何も反応してないですよ。(笑

 ちなみにSWAの指定券には「スパホワイトアロ」と完全に「ー」が省略して印字されていました。

 
 1時間ちょっとで深川に到着。
 ちょうど滝川行、924Dが走り去っていくところでした。

 ところで旭川〜滝川の普通列車って少ないんですねぇ。

 
 今回スタート地点の深川駅。

 まだ少し時間があるので、中央バスの深川ターミナルに行ったりと町中をブラブラします。以前は駅入口の道路に「ふかがわ」と書かれた丸いアーチがあったと思うのですが、もうすっかり影も形もなくなっていました。それとも私の記憶違い?

 そうそう、この深川という町、JRバスと中央バスと沿岸バス、それぞれ乗り場が完全に違う場所にあるので余所者は注意が必要です。まぁ、そんな注意が要る人はそんなに多くないと思いますが。

 さて、そろそろ時間だなと駅前に戻ってくると11時40分頃、

 
 目的の深名線幌加内(ほろかない)行、登場。
 車両は中型の観光タイプ、後部にトイレ付きでした。

 お客は旅行者風の若い男性、時刻表を捲り、いかにも鉄という感じの人が1名、地元のおじさん1名、あとは学生さん数名に私と全部で10人ほどで出発、ちょっとの区間ですが国道233号を走ります。主要道から別れた後、北一已(きたいちやん)、円山、上多度志と旧駅の近くを通っていき、しばらく進むと国道275号に入ります。ここから幌加内まで275号に沿って走る事になります。

 途中のバス停でお客を少しずつ降ろしながらバスは淡々と進みます。しかし乗る人は一人もいません。

 ところどころで線路跡らしきものがあるのですが、何せ10年という月日が経ち自然へと還ろうとしてるため、今ひとつハッキリとは分かりませんでした。この辺はやっぱり事前によく調べとかないとダメなようです。

 
 幌加内峠は雪の中、ここはまだ冬ですね。

 幌加内峠を越えると幌加内町に入り、「幌加内町 −41.2」の看板が出迎えてくれます。そうです、昭和53年2月に母子里(もしり)で氷点下41.2度という日本最寒気温を記録したのがこの幌加内町です。正直、氷点下15度ぐらいまでなら経験がありますが、この時でさえ息苦しくなったのを覚えています。40度を下回る寒さって、いったいどんな感じなのでしょうか、全く想像が付きません。

 しばらく走っていると車窓右側にホームの跡らしきものが見えたので咄嗟にカメラを向けたところ、

 
 朽ち果てかけた旧駅舎が見えました。
 調べていないのでどこの駅かは分かりませんが、沼牛駅でしょうか。

 深川から1時間ちょっと、バスは終点の幌加内に到着です。ここまで乗ったのは私ともうひとりの旅行客、そして地元に人がひとりだけ、全て深川から乗った人でついに途中から乗ってきた人はいませんでした。

 
 幌加内バスターミナルにて。

 降りる時に運賃を支払いますが、先まで行く事を告げると通しの運賃で計算してくれます。運転士さんのお薦めに従い、1000円の回数券(これで1100円分乗れます)を2冊購入、プラス現金で200円を支払います。深川〜名寄間が2400円なので200円得した事になります。

 
 以前は旧幌加内駅に入っていたそうですが、今は交流プラザという新しい建物の中にバスターミナルがあります。

 
 交流プラザ、入り口。

 建物中には深名線資料室やソバ屋が入っているのですが、いかんせん次のバスが10分後なので、どちらも立ち寄っている時間はありません。深名線資料室もですが、そばの作付け面積が日本一という幌加内で名物のそばを食べないなんて、これはもう「悔しい」という言葉以外は思い浮かびません。近いうちにもう一度来るしかなさそうですね。(場合によっては日帰り?w

 
 深名線、時刻表。

 バス転換された時には結構な本数があったはずですが、徐々に減便されて、いつの間にか列車時代とそれほど変わらなくなってしまいました。こんなことでも厳しさがうかがえます。

 さて、もう時間ですので次のバスに乗りましょう。

 が、

 
 何てことはない、さっきのバスと運転士さんがそのまま名寄に向かうのでした。(笑

 それなら最初から深川発名寄行として運転すればいいじゃないかと思われるでしょうが、おそらくこれは冬季の事を考えているんだと思います。何せ深名線沿線は道内でも名だたる豪雪地帯、天候や道路状況で遅れた場合、途中で系統分割する事で遅れを先に持ち越さないで済むという利点があります。列車時代もこういう考えから朱鞠内で全列車が系統分割されていました。もっとも、旅行者にとっては、遅れると本来なら接続するバスがなくなってしまうという事態にもなりますが。

 
 定刻13時10分、発車です。
 今度の乗客は深川から一緒だった旅行者と私の二人だけです。

 幌加内を出発し、しばらく進むと雨煙別(うえんべつ)というバス停があります。列車時代にも雨煙別という駅があり、かの宮脇俊三氏も著書で書いておられましたが、わざわざ「雨に煙る別れ」という字を当てるあたり、これを考えた人は相当なロマンチストだったのでしょうね。別に宇円別でも構わないわけですし。まぁ、アイヌ語でウエンベツとは「悪い川、悪しき川」という意味だそうで、そう考えると浪漫もへったくれも無くなってしまいますが。

 
 車窓から見える遠くの山々は、まだ冬の様相です。

 途中で道路右側に線路跡、鉄橋が残っているのが見えました。周辺が少し整備されているようなのですが、だからといってここで降りてしまうわけにはいきません。バスの本数が非常に限られていますし、何より、今日の夜には新千歳空港に戻っていなければならないですから。

 
 原生林の中を行く一本道、いかにも北海道的な風景です。
 車は遙か前方に1台。バスの速度は淡々とし、ご覧の通り、追い禁でもないのに追い抜いていく車もありません。

 幌加内から45分ほどで朱鞠内(しゅまりない)に到着です。ここは国道から元駅前広場と思われる場所に入っていきますが、旧駅舎は既に建て替えられ、線路があったと思われる場所には芝生が植えられ昔の面影はまるでありません。とは言え、周辺の雰囲気が明らかに「駅」してるので、ちょっと注意深くしていれば、昔、この場所に駅があったというのはすぐに分かると思います。

 
 朱鞠内駅入場券。
 当時の駅舎の写真もあるはずなのに見つからないー。

 朱鞠内を出てバスは国道から外れ山道を登り始めます。途中で幌加内行のバスとすれ違いますが、あちらは大型のエアロバスでした。もっとも、乗客数は似たり寄ったりのようでしたが。

 で、朱鞠内湖展望台を横目に見ながら、

 
 湖畔着。バスは夏期だけ一日二度来るらしいです。

 ここでは時間調整で3分ほど停まるみたいなので、私もちょっと降りてみます。

 
 バス停から朱鞠内湖を見るとこんな感じ。

 
 そうそう、お約束も忘れずに。(笑
 ところでこのバス、やたらとアイドリングが不安定なような気が……

 今来た道を戻り、国道へと戻ります。列車は朱鞠内湖の北側を通り、途中に蕗の台と白樺という駅がありました。普通、列車代替バスは線路跡を忠実に沿って走るものですが、そちら側には道路がないため、バスは湖の南側を行きます。元より湖の北側に民家は全くないので南側を走っても何ら問題はありません。や、南側にも民家はないですが。

  
 車窓より朱鞠内湖。

 民家が全くない道を乗客二人だけのバスが山道を登っていきます。

 
 朱鞠内湖の端。

 このまま国道275号を行くと美深に出てしまうため、母子里付近で国道から別れ道道に入ります。今度は坂を下り、ちょっと長い名母トンネルを抜けると名寄市街に入っていきますが、周辺はまだまだ長閑です。道道から更に細い道に入り天塩弥生を抜けると久しぶりに信号機の姿が現れます。

 そして天塩川を渡り名寄市内に入ってきました。市立病院前は完全に町の姿で、もうすぐ深名線の旅も終わりのようです。結局、最後まで乗客は余所者二人だけで、途中の乗り降りは全く無く、バス転換されても深名線の前途は厳しいようです。

 15時前、ほぼ定刻に、

 
 名寄駅に到着です。

 かつては宗谷本線以外に深名線や名寄本線が分岐していた鉄道の要所だったのですが、今では宗谷本線だけになってしまい、普通の中間駅として機能しています。

 ところで、どうでもいいことですが、

 
 …………寒っ(笑

 15時の気温が7度、東京の真冬並みですよー。




 国鉄時代、収支係数が3000近くても(100円稼ぐのに3000円近くかかるという意味)、代替道路が未整備という理由で廃止対象から外れていた深名線も、JRになってからの95年に廃止されてしまいました。バス転換されてコストは大幅に下がっても乗客数は徐々に減り、将来は決して明るくない状況です。一旅行者の勝手な言い分かもしれませんが、沿線の雰囲気にはとってもいいものがありますので、どうか生き残って欲しいと願わずにはいられません。

 皆様、もし北海道に行かれることがありましたら、是非とも乗ってみて下さい。有名観光地もいいものですが、朱鞠内湖のような場所も北海道の魅力のひとつだと思うのです。私も次は単に乗り通すだけでなく、一日かけてじっくりと探索してみようと思います。つーか、半端に乗り通してしまったため、気になるところがいっぱい出てきてしまったみたいです。(笑




 おまけ。

 名寄から旭川までバスで行こうとしたら駅前に旭川行のバス乗り場が見つかりません。はて、これはいったいと悩んでいるうち、駅からちょっと離れた通りを目的の旭川行が走っていくのが見えました。

 …………
 ……………………うあ、やられた、

 道北バスの乗り場、あんな所にありやがんの。orz…

 まぁね、『会社が違えば乗り場所も違うと思え』はバス乗り継ぎの大原則ですが。(ぉ

 というわけで、

 

 旭川まで久しぶりにキハ40に乗ったのでした。



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